Linux

Linux開発者の本「それが僕には楽しかったから」、印象に残ったところ

こんにちは。

いきなりですが、LinuxというOSをご存知でしょうか。

Wikipediaの説明を借ります。

Linuxは、狭義にはLinuxカーネル、広義にはそれをカーネルとして用いたオペレーティングシステムを指す。LinuxはUnix系(英: Unix like、Unixライク)オペレーティングシステム (OS) の1つとされる。カタカナでは「リナックス」と表記されることが多い(「Linux」の読み方を参照)。Linuxは、スーパーコンピュータ・メインフレーム・サーバ・パーソナルコンピュータ・組み込みシステム(携帯電話やテレビなど)など、幅広い種類のハードウェアで使用されている。

よくわからんという人もいると思うので、めちゃ雑に簡潔に言うと

WindowsとかMac (OS X) の無料版のやつ

 

です。

 

仮想マシンというものを使用すると、あなたの持つPCにもLinuxディストリビューションがダウンロードできるため、興味があれば試してみて欲しいです。

 

Linuxについていろいろと書きたいこともありますが、この記事はLinuxについてではなく、Linux開発者であるリーナス・トーバルズ(Linus Torvalds)の本を読んだ僕の読書感想文。

 

なのでちゃんと引用しながら読書感想文を書きながらまとめたりしようと思います。

まずは、本の紹介から。

 

「それが僕には楽しかったから」ってどんな本?

それが僕には楽しかったから へのリンク

Amazon商品紹介より引用。

本書には、このリーナス・トーバルズのLinux開発物語から、彼自身の心温まるプライベートの話題までが、幅広く取り上げられている。技術的な話ももちろんあるが、コンピュータ関係の人物を取り上げた自伝としては、比較的一般向けにわかりやすく書かれている。
『それがぼくには楽しかったから』(『Just for Fun』)というのが本書のタイトルである。好きなことに一生懸命打ち込んだ結果、成功が訪れたという彼の「偶発的革命の物語」は、拝金主義や出世欲が見え隠れする本が多いなかで、好感が持てるものである。(土井英司)

 

Linuxを開発した男、リーナス・トーバルズがどんな人間なのか、Linuxにある思想などが垣間見える本です。

紹介文の最後の一文は結構、共感できます。

 

それでは、ここからぼくがこの本を読んで印象に残ったところに感想を付け加えながら、まとめます。

リナックスはお金のためじゃない

お金が欲しくなかった理由は、いろいろあった。

初めてリナックスをアップしたとき、ぼくは、他人の築いた基礎の上にーアイザックニュートンのいう「巨人の肩」に、自らの研究を重ねていく何世紀にも及ぶ科学者たちの足跡をたどっている気分だった。みんなもこれは便利だと思ってくれるように、みんなとぼくのOSを共有したかった。

それだけじゃなく、フィードバックも(それから、賞賛も)欲しかった。もしかしたら、ぼくのOSを改良してくれるかもしれない相手から、お金を取るのはおかしいと思った。

リーナスがLinuxを開発した理由はお金のためではなく、ただ自分が便利なOSを作りたかったからです。

オープンソースという新しい可能性を作ったリーナスには学ぶところが多い。

魅力的なものを持つとそれをどう売るかを考えたり、それを自らで独占しようとするのが人間というものだと思っていましたが、リーナスはそんな欲望にかられず、お金よりもさらに大切なものを手にしていますね。

 

リーナスの黄金律

さて、ここでぼくの黄金律を披露しよう。

一つ目は「自分がして欲しいことを人にもしてあげよう」。このルールを遵守すれば、どんな状況にあっても自分がどんな行動をとるべきかちゃんと分かるというわけ。

二つ目は「自分のすることに誇りを持て」。

三つ目は、「そして、楽しめ」。

自分のすることに誇りを持てるようになれば、大したものだと思います。

「今の社会を支えるLinux作った」ってめちゃくちゃ誇りに思えるでしょうな。

 

それが僕には楽しかったから へのリンク

オープンソースが成り立つ理由

オープンソースというジグソーパズルの中で、一番理解されていないピースの一つは、どうしてこんなに大勢のプログラマーが、全くの無報酬で働こうとするのかってことだろう。

順序として、その原動力について述べておこう。

多少なりとも生存が保証された社会では、お金は最大の原動力にはならない。

人は情熱に駆り立てられたとき、最高の仕事をするものだ。楽しんでいるときも同じだ。

これは、ソフトウェア技術者だけでなく、劇作家、彫刻家、起業家にも当てはまる真実だ。オープンソースモデルは、人々に情熱的な生活を送るチャンスを与える。楽しむチャンスも。

さらに、たまたま同じ会社で机を並べている数人の仲間とではなく、世界で最も優秀なプログラマーたちと仕事をするチャンスも。オープンソースの開発者たちは、仲間からいい評価を得ようと懸命に努力する。

こうしたことは大きな原動力になるに違いない。

引用する箇所が長い問題が発生しているが気にしません。

何かをするのにお金が目的の人も、結局他人からの評価が得たいという意思が裏にはあると思うので、「お金をもらわないこと」が偉いことだとは思いませんが、何かをするモチベーションの形はこれから、どんどん変わっていくんじゃないかなと思います。

 

ベーシックインカムとかまさにそれで、保証された生活と同時に何を、何のためにやるかっていうのは、ぼくらの年の人たちは考えといた方がいいと思います。

お金無しでもやりたいこと、ですね。

 

リーナスのテクノロジーへの考え

ぼくはテクノロジー屋として、テクノロジーが何も動かさないことを知っている。社会がテクノロジーを変化させるのであって、その反対じゃないんだ。テクノロジーは、ぼくたちにできることとできないことの境界線を引くだけだ。どれくらい安くできるかという境界線を引くだけなのだ。

意外だと思いました。

技術関連で働いている人や何かを作っている人は、テクノロジーを信じていると勝手に想像していたが、リーナスはそうじゃない。

でも、リーナスの考え方が絶対的に正しいとは思いません。

鶏が先か卵が先かというような類の問いに近いものを感じます。

SNSの普及などを考えてみると、テクノロジーが先にあり、コミュニケーション能力の欠如やその他さまざまみんなが知るような問題があるのか、それともヴァーチャルな世界でもコミュニケーションがしたいという欲求に応えて、SNSが生まれたのか分かりません

 

究極のゴールは楽しむこと

 結局僕の人生の意味論は、読者のみなさんを導いて、何をすべきかと教えることはできなかった。

せいぜい「そう、抵抗したっていいけど、人生の究極のゴールは楽しむことだよ」って言ってるだけのことだ。

楽しくなきゃ人生じゃない。JUST FOR FUN.

オリジナルのタイトルの方がストレートで好きです。

 

何かに頑張るとか、そういうのもいいのかもしれないけど、楽しくないことはやらなくても生きていけると思う。

何も楽しいと思えないのなら、何でも試して、楽しめるもの、情熱に駆り立てられるものを探したいですね。

 

終わりに

「Linuxのコマンド覚えるのマジで苦痛」

「Windowsでええやん」って思ってるプログラミング始めたての方とかに読んでほしいです。

ぼくは結構技術の背景にある思想とか興味があるんで、結構楽しんで読めました。

めちゃくちゃスゴイハッカーな方たちにも、もちろんおススメできるのでぜひ。

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